慶應124三田会

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絆 森吉平さん
プロフィール
124三田会 代表幹事
株式会社アペックス代表取締役社長
コーヒー、ジュース等ノンアルコール飲料のカップ式自動販売機オペレーターとして全国規模で展開中

インタビュー
「M1 Café」
--- こちらが新しくオープンしたスイーツのお店ですね? 森吉平さん
 はい。
実は自動販売機の中では、コーヒーを豆から挽いて一杯ずつ作るなど
かなり本格的なコーヒーを入れていると言うことは一般にはあまり知られていない。
「カップ機のコーヒーは本当はおいしいんだ!」ということを
世の中の人に知ってもらいたいと思っています。

しかし、ただコーヒーのお店だけやってもスターバックスやタリーズとか先行しているので、
食べ物がおいしく、飲み物もうまい店と言うことを考えてこの店をオープンしました。
---大勢の社員の方を抱えておいでですが、代表者としてのご苦労はありますか?
 一つだけあげるとしたらコミュニケーションが難しいと言うことですね。
全国に100拠点以上営業所があるのでこちらの言っていることがなかなか徹底しない。
「企業は人だ」と思うので、人をしっかり育ててこちらが意図していることを理解してもらう事が一番大事だと思っています。
「柔道」
---森君といえば柔道。柔道との関わり合いについてお聞きしたいのですが?
 中学1年の時に柔道を始めました。
私は塾高から塾に入ったのですが塾高の受験のために中3の時は一年間ブランクがありました。
その為かとにかく慶應に入って柔道をしたくてしょうがなかったですね。
塾高というのは当時非常に強くて神奈川ではベスト4に入っていたほどの強豪校でした。
念願かなって塾高入学すると、すぐに柔道部に入部。ところが自分がやっていた中学の柔道が高校では通用しなくて、
左利きに変えたりしてなんとかレギュラーを取りました。高校も大学も勉強は全くせず、ほとんど柔道!
食ってるか柔道やってるか麻雀やってるかという生活でした(笑)。
柔道がほとんど全てという学生時代でした。
実際36才まで現役と一緒に稽古をしてましたが残念ながらアキレス腱を切ってやめました。
「124三田会」
---124三田会についてお聞きしたいのですが・・、初めての連合三田会での幹事年はとても大変だったと聞いています。
 大変と言うよりも騙されたの一言でして(笑)、それまで私たちの同期の学年代表というのは全く機能してませんでした。
卒業9年目のある日、体育会同期の堀君(現副代表)に食事に誘われ、場所は交絢社だと言うことでイヤな予感がしたのですが(笑)、
とりあえず出かけていったら、いきなり10年先輩の小泉さんとか竹中さんとか大勢居らして、「連合三田会だ」と言っている訳です。

そして「君らの学年は学年代表決まっておるのか?」と聞かれて、「決まっていません」と答えたら
「この会合が終わったら誰か決める様に」と言われました。
そしたらみんなが僕の顔を見た。
それでその瞬間代表幹事になってしまったという、単にはめられたということです(笑)。

その後は何が大変だったかというと、3ヶ月以内に200名の名簿を出せと言われた事ですね。
こんな急にでは体育会を動員するしかない。
もちろん体育会以外の人たちにも極力声を掛けようとしたのですが全然歩留まりが悪いというか、みんな逃げ回る。
体育会の奴らは僕らが電話すると10人が電話すると10人だいたい釣れる。
つまり体育会が中心にならざるを得なかったと言う訳です。

ただそのときに同時に起こった批判というか批評というか
「体育会ばかりで面白くない」「体育会の集まりなのか?」といわれたのですが、
急場で人を集めて引き受けてくれる人がいないからそうなっただけという話です。

ただ未だに僕みたいな明らかに体育会だと言う奴が学年代表をやっているのはいかがなものかとも思うので、
やはり幅広くいろいろな人たちとのつながりを深め、参加をと即すのであれば
体育会色を少しずつ減らしていかなければいけないと10年目の頃から思っています。

20年目の時もだいぶ頑張ったけれどまだ体育会色がちょっと強いかなとは思います。
まあ大変というか僕はただ人を集めて仕事を押し付けただけです(笑)。
---今回卒業25年の事業、特に塾への寄付やイベントと大変だと思いますが、どういった形で進めているのでしょうか?
 事務局長の岡田君に全てを任せてまして、私はただ御輿になって乗っかっているだけです(笑)。
実際今回の集まりが始まった当初はどちらかというと引っ張っていく形でやろうかなと思っていたのだけれども、
それをやりすぎるといろいろ軋轢(あつれき)が起こるということもあって自分はとにかく御輿になりきろうと思っています。

ただ参加もしないで批判ばかりしている人たちが多いという点では非常に残念です。
幹事は自分が立候補してやっているというよりも同学年のためにやるんだという人が多い。
そういう人が頑張っているなか、何もせずにただ批判するというのは楽だし、ある意味ずるいなと言う気がする。
それだったら一緒に輪の中に飛び込んできてやってくれればいい。
せっかくやるのだから前向きにやるという姿勢は1人でも多くの人にインボルブしていきたいと思っています。

せっかく慶應義塾を卒業したのだから限定された仲間とだけつきあっていくのではなくて
知り合いを増やしていくと言うことは非常に良いことだと思っています。
---124三田会の今後ですが、どの様な同期会にしていきたいと思っていますか?
 「体育会色を消して普通の人たちの集まりにしたい!」といったらどうでしょう(笑)。
まあ前向きな仲間を増やして行くのがいいのかなあという気がします。

同期であるにもかかわらず20年目30年目に会うとなぜか敬語で始まる。
同期なのだからため口で会話できる人間をひとりでも増やすと言うのが同期会のとりあえずの目標と言う気がします。

我々は慶應義塾にいて、慶應義塾のおかげで今があると言う気が僕はするので
塾に対する恩返しと言う気持ちを1人でも多くの人が持ってくれるといいと思っています。
別に金を集めるとか金を取られるとかそういうことが前面に出すぎるのではなくて、
前向きに後輩達にとっても良い学校であり続けて欲しいし、自分らが卒業した学校が色あせたとなるのは悲しい。

日本の中での私学の一番古い学校だし、トップを走り続けている私学だと思うので
その伝統を我々がどう支えていけるか考えていきたいと思います。
「慶應義塾」
---慶應の良いところや良くないところを教えてください。
 慶應に入って良くないところを言うと、お互いにべたべたしすぎているところですか。
逆にそれが良いところかもしれません。

あと慶應を出て良かったと思う瞬間があるということ。
僕の知り合いで国立のトップをねらってたのが三浪して慶應に入ってきて
最初のうちは「俺は慶應なんかに来るはずじゃなかった」って言ってた奴が、
卒業するときは心底「慶應に入って良かった」って言っていました。
なにかそういう魅力が慶應にはあるのかなと言う感じがします。

ただいろんな人がいるもので、今回コミュニケーションを同期6000名と取っていろいろな話を聞くと
「慶應を出たと言うことを消去したい」と思っている人も中にはいたようで、その人には何があったか分かりませんが、
一般論としては10人中8人ぐらいは慶應を出て良かったと思っている人がいるのではないかと思っています。
---最後に同期生に向かって一言お願いします。
 「ごちゃごちゃ言わずに参加しろ!!」(爆笑)という感じでしょうか。
1人でも多くの人たちと楽しくやっていくという事が同期会の力だと思いますので、
1人でも多くの人たちが参加していただくのが良いんじゃないかと思います。

そしてお互い同期なので面と向かってしっかり言い合うというような同期会にしていきたいと思います。


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